愛媛大学沿岸環境科学研究センター 化学汚染・毒性解析部門:環境毒性学(岩田)研究室
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環境毒性学とは

化学物質による環境汚染の歴史的推移

 1939年、スイスのパウル=ミュラーによってDDTの殺虫効果が発見された。この合成化学物質の使用を皮切りに、アメリカ合衆国は第二次大戦後、殺虫剤・除草剤・殺菌剤の大量使用による大規模農業を押し進めた。当時、DDTなどの殺虫剤は、害虫だけを殺し、ヒトや他の動物には無害であると信じられていた。レイチェル=カーソンは、1962年に出版された自身の著書「沈黙の春」のなかで、こうした殺虫剤が害虫ばかりでなく生態系全体の生命を脅かす毒物であることを警告した。技術革新とともに新しい人工化学物質が次々と登場し、環境へ放出されるようになっていた。トランス・コンデンサーの絶縁油や熱交換機の熱媒体などに使用されてきたPCB、冷凍機の冷媒やスプレー缶の噴射剤の用途があったフロンガスなどによる環境汚染は1960年代以降になってから表面化した。これらの物質による環境汚染は、かつての局地的な汚染とは異なり、地球規模での広がりをもつものとなった。また、人類が非意図的に生みだした極微量の物質による被害も相次いだ。その代表例であるダイオキシンによる生体影響は、1960年代・70年代のベトナム戦争の際、枯葉剤中の副生成物として含まれていたダイオキシンの暴露を受けた親から奇形児が多数生まれたことによって、一般に認知されるに至った。これ以外にも、イタリアのセベソ市でイメクサ農薬工場が爆発した事件や、ニューヨーク州ナイアガラ・フォール市で有害物質埋め立て投棄場周辺の住民に健康被害が多発した事件など、ダイオキシン汚染によるヒトへの被害が相次いだ。その後、ダイオキシン汚染による健康被害の懸念は、汚染源として各都市のゴミ焼却施設の重要性が明らかになるにつれ、一般の人々にまで及んだ。一方、第二次大戦以降には、欧米を中心にヒト以外の野生生物への被害にも調査・研究の眼が向けられるようになった。1960年代から80年代にかけて、北米五大湖の猛禽類・魚食性水鳥で繁殖率・個体数の低下や、奇形個体の発生が多数報告されるようになった。また、北海・バルト海で大量死したアザラシや、タンカーから流出した油によって汚染された海鳥の姿は、海洋汚染の深刻さを人類に強く印象づけた。1990年代には、シーア=コルボーンらが「奪われし未来」のなかで、農薬やプラスチックなどに含まれる化学物質への暴露が、たとえその量が極微量であっても、ヒトや野生生物の内分泌系を撹乱する危険性があることを指摘した。

 日本でも環境問題は、当初は特定地域の特定企業が起こした公害問題として認識されていた。大きな社会問題となった最初の公害問題は、明治時代になって、足尾銅山の開発にともなって生じた鉱毒事件である。その後も宮崎県土呂久でのヒ素中毒、富山県神通川でのカドミウムによるイタイイタイ病、熊本県水俣市や新潟県阿賀野川での有機水銀による水俣病、森永のヒ素ミルク中毒、工場排気による四日市ぜんそく、PCBによるカネミ油症などの公害病が次々と発生した。また、高度経済成長が始まった1960年前後から、特定の工場からの排ガスや排水のほかに、自動車からの排ガスや合成洗剤・農薬による汚染が加わった。水質汚染については、1970年頃から河川などの有機物負荷量は減少する傾向にあるが、依然として農薬や生活排水などによる汚染は継続している。プラスチックの生産量もこの頃から急激に増加し始めた。1980年代は、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンが地下に浸透し、各地で地下水を汚染するなどの報告が相次いだ。1983年には日本でも都市ゴミ焼却炉の飛灰・残灰がダイオキシンによって汚染されていることが明らかとなり、その後も環境や生物の汚染が問題となった。さらに、内分泌撹乱化学物質による河川・沿岸水汚染の実態も各地で明らかにされた。

 この半世紀、化学工業は飛躍的な発展を遂げ、合成化学物質を生産してきた。その種類は日常商業的に生産利用されているものでも10万種に達するといわれており、そのほか商品の生産・利用・廃棄にともない二次的に生成される物質も加えると、その数はさらに増える。こうした化学物質は、確かに私たちの生活をある一面では豊かにすることに貢献してきたが、同時に深刻な健康への影響も含め、多くの問題を生みだしてきた。歴史的な視点でみると、人口の増大と産業活動の大規模化により発生した汚染は、地球上の点から面へ、さらに地球全体へと広がった。また生体影響の観点からいえば、環境汚染の問題は急性中毒によって直ちにヒトの生死に関わるものから、慢性的な暴露によって徐々に健康を蝕むものへと変化しつつある。さらに人類の関心は、ヒトの問題だけにとどまらず、生態系全体の問題へと移行している。

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